意味不明なゲームを作るのって、案外きつい【僕の本音】
僕は、趣味でゲームを作っているだけの個人開発者です。
だから偉そうなことは言えないんですけど、それでもひとつ思うことがあります。
「意味不明なゲームを作るって、実は案外きつい」
ストーリーが意味不明なゲームが好き。でも…
昔から、意味不明なストーリーのゲームを作るのが好きです。
「なんじゃこれ」って笑ってもらえたら最高ですし、
バカゲーとか、ホラーなのに笑えるとか、そういうジャンルが僕は好きなんです。
たとえば、バカゲーホラーゲームみたいに「ある程度の基盤」が整っている世界観に、
“変なネタ”をひとつぶっ込むのは、すごく楽しい。
でも、問題はそこからでした。
自分でもよくわかってない状態で作ると、しんどくなる
完全に思いつきで、「よくわかんないけど面白そう」と思ったネタを、
何の整理もなくストーリーにどんどん詰め込んでいくと……
「俺、何がしたいんだろう?」
「これって本当に面白いのかな…?」
実際、僕が作った「面接ワクワク顔面大暴走」というゲームもそうでした。
あれって、本当に思いついたネタを次々に入れただけなんです。
自分でもちゃんと理解してない状態でどんどん形にしていった結果、
なんだか精神的にきつくなる瞬間がありました。
「これ、ただのおふざけで終わっていいのか?」
「伝わらないものを出し続けるのって、地味にしんどいな」って。
自分だけでも“理解している”ことが大事だと思った
そこで僕がたどり着いたのが、こんな考え方です。
- 自分にとってだけでも「このシーンにはこういう思いがある」と言えること
- 自分が最低限、納得して理解できるストーリーを用意しておくこと
- その上で、あえて破壊したり、意味不明な展開にしていくこと
つまり、「理解できる土台」+「破壊と遊び」の組み合わせです。
いきなり全部カオスにすると、自分の中で整理がつかなくなって、
創作していてもしんどくなる。
でも、自分の中で一応の筋があれば、たとえ他人から見たら意味不明でも大丈夫なんです。
意味不明なゲーム=心が無敵、じゃない
世間的には「意味不明なゲーム」って、
「気楽に作れて自由でいいよね」と思われがちかもしれません。
でも実際に作ってみると、
“自分で理解できない”を超えてしまうと、案外きつくなるというのが僕の本音です。
だから、意味不明なゲームを作るときこそ、
自分なりの意味、感情、軸を持っていたほうが、長く作り続けられると思っています。
最後に
僕はこれからも、ちょっとおかしなゲーム、意味のわからない展開、
バカげたストーリーを作っていくつもりです。
でも、「意味不明を支える理解」があるからこそ、
そのカオスは輝くんじゃないか——そんなふうに思っています。
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